4月は純真無垢

あんまり長い文章は書けない。不妊治療と妊娠の記録。

離れると大切さが分かるって愚かかしらね

酔ってるやつの書き殴り。

十日間ほど、娘と2人で実家に帰省していた。帰ろう、と決めたときにワンオペ育児に疲れ切っていたから。4月に復職も決まったし、そうするとなかなかゆっくり帰れなくなるし。里帰り出産もしなかったし。帰省のときは毎回娘より一歳と半年早く生まれた姪がいて、そちらに手がかかるもんで娘だけをじいじばあばに存分に可愛がってもらうことなかったし。いろいろと理由をつけて、本当は理由なんてあまりなかったけど、実際に飛行機に乗る日には帰りたい気持ちってそんなになかったけど、帰った。

 

実家で過ごしてみて。

父は定年後再雇用でフルタイムだけど定時で帰ってくるから6時半帰宅。母は週5日パートで9時に家を出てお昼は帰って来て夕方は6時前には帰ってくる。

このね、平日でも忙しい夕方には大人が複数人いるって、全然違う。母が昼には帰ってくるのもあって、私のワンオペ育児は9〜12時、13〜17時半だったわけよ。正しく、ノー残業フルタイム勤務。こりゃ楽だわ。

滞在後半から私が生理になってしまって、かわりに父に娘のお風呂入れるのお願いしたんだけど、父がお風呂入れるの上手でな。娘も超楽しそうでな。もー、めっちゃ楽だった。

自宅に戻った後も、夫が定時で帰って来てくれたら、ほんと全然楽なんだけどな。改めてそう思ったわ。

 

でもね、今の気持ちは、早く家に帰りたいし、夫に会いたい。両親は大好きだけど、やっぱり今の私の家族は夫と娘だなって思ったよ。

 

父と夜な夜な酒を交わして、政治信条の話をしたり、母方の高齢の祖母に会いに行って、母と介護や相続について話したりしたんだ。

父が極端なネトウヨになってたらどうしよとかビビってたけど、大丈夫そうだった。私はリベラルだと思うので、父と意見が対立するけど、仲の良い親子だから人格否定にならないし、まあ楽しかったよ。父がボケずに、極端な思想にならずにいるには、定期的に私と討論する必要があるなと思った。

母は祖母がぼけたことを聞いて、「私がボケたら施設に入れてね」と言った。施設嫌じゃないの?って聞いたら、嫌だよって。嫌だけど、正気の母はそれが一番いいって思ってるらしい。

 

なんかさ。今回の帰省で、少しだけ、父とは腹を割って話せた感じ。母とは、ほーんの少しだけ。私たち親子は、仲は良かったんだけど、大事なことはほんと話してこなかった。子供のときに親に本音を話したことなんて、なかった。

親も60と70で、いつ急に亡くなるかなんて分からない。本音で、いろんなこと話しておかないといけないんだよな。相続とか介護とかそういうのだけじゃなくてさ、父や母がどんなこと考えて生きて来た人間なのか、知っておきたいと思うんだよね。面と向かって話すとなかなか気恥ずかしくて聞けないんだけど。両親が死んだとき、親としての彼らは子どもたちである私や兄妹が知ってるけど、その他の側面も、親が教えたいと思う限り、伝えていきたいよ。そう思うくらいには私にとっては大切な存在だよ。

 

そう思うと、夫は私のほぼ全てを開示した人間で、それだけ信頼していて、親よりも私にとっては大切な人間なんだよな。私は、親よりも夫の方が大切。これってすごく、多分良いことだ。自分が生まれ育った家より大切な家族を自分で作れた。

夫は残業が普通にあるから、そのせいで私が平日ワンオペになるから、キレ散らかしてるんだけど、それだけが極端に許せないだけで、その他の部分は好きなんだよな。家事もする、育児もする。特に顔が好き。夫の顔が好きだから、夫によく似た娘は一般的には美人と言われなそうだけど私からみたら本当に本当に可愛い。

 

寝て、起きて、帰るよ。会えるのが楽しみ。会えるのが楽しみで、苦手な飛行機すら怖くないよ。