4月は純真無垢

素敵撒き散らしたりする。

結婚しました〜和装と日本髪への思い、いろいろ。

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結婚式を行う上でベースとなるわたしの要望は、「白無垢と綿帽子」だった。

チャペルでの挙式は、自分がキリスト教徒じゃないこと、誓いのキスをしたくないことなどから、考慮に入れていなかった。

「日本人らしい美しさでありたい」という理由で漠然と和装への憧れはあったかもしれない。



白無垢を着るならば、絶対に日本髪、しかも地毛結いという思いがあった。

元来、正当以外を認めたくない性格だ。

それは「キリシタンでもないのに、神父の前で式あげるのって、どうなの」とも通底する。

ただ、本物の日本髪は、鬢付け油をつけて結うもので、鬢付け油をつけるとしばらくは髪がベタベタで、当然お色直しはできない。それどころか日常生活に支障が出る。

婚礼の際の、最も格式が高い日本髪[文金高島田]を再現するには、カツラを着用するほかない。

当初は、カツラを着用するつもりだったが、試着してどうにも受け入れることができなかった。

自分に合ったサイズ感、形のカツラを選ぶことができれば、自然な仕上がりになるのかもしれないが、私の場合はおでこが狭くなり、生え際は不自然だった。

そこで私は「新日本髪」にすることにした。これは、ワックスや毛流れだけで日本髪を再現するというもの。

正当ではない、というジレンマはあったが、試してみると自然で、恥ずかしさがない。

かくして和装に新日本髪というスタイルを選んだ。


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実際に当日を迎えてみて。

美容スタッフ、介添の方、司会の方、ゲストの皆様からたくさんのお褒めの言葉をいただいた。我ながらとても似合っていたと思う。

とりわけ、白無垢のとき、綿帽子から垣間見える鬢(びん:顔の横の髪)と富士額は美しいと思った。


日本髪が似合う顔立ちの特徴は、おでこが広いこと、鼻すじが通っていること、なのだと思う。面長または卵型がいいとも言うようだけど、私は丸顔なのでその点はよく分からない。

メイクの特徴としては、アイシャドーにゴールドを入れて華やかに、アイラインは切れ長に、リップは赤く濃い色味、だった。



和装は、日本髪でこそ一番美しいと確信したし、

当然、日本髪は和装でこそ美しい。

挙式を控える方で、ヘアスタイル打ち合わせで日本髪を試すと、似合わなさに愕然とする人もいると思う。

美容スタッフの方は、「実際に着ると似合う」と必ず言うけれど、それは本当。

私は新日本髪にしたけれど、カツラでも良かったのかも?とチラと思った。

ただ、綿帽子をとったあとの姿は、絶対に地毛で結う新日本髪のほうが自然で、綺麗だと思う。

新日本髪は正当じゃないよな、というジレンマは自分の姿を見て、払拭された。洋髪より、多分カツラより、ずっと美しいと思ったから。


自分が日本髪にすると決めたとき、いろいろ悩んで調べたから、同じように悩む人に届けばいいなと思って記します。



※番外編的な※

本当は神社での挙式を希望していたけど、諸般の事情により八芳園にて和婚先(和装で行う人前式)を行った。

八芳園の和婚式、とてもおすすめです。

人前式の魅力だと思うけど、とにかくハートフル。うまく伝えられないけれど、おそらく直接関わりのない夫側上司が涙するほど、強固な神前式支持派だった私が掌返しするほど。

からから女

6日間のお休み、
些細なことがきっかけで落ち込んでいた。
私が落ち込むのはいつも、過去に自分が行った言動への後悔。
迷惑をかけた、嫌われた、恥ずかしかった、みんなから私ごと忘れてほしい、そんな気持ち。

そんな折に、東京タラレバ娘の結末を思い出していて、それはあんまり好きじゃないと思っていたんだけど、
ふと、私も蓋したい記憶に全部「から」ってつけてあげようか、と思った。

私は、今に対して、結構肯定的で、
苦しむのはいつも過去のこと。
それなら、あんなに失敗してきた「から」、今があるんだって思えると、
途端に救われたような気がした。


とくに、今の彼氏に対しては本当になにもかもぴったりな人を見つけたって、そこを言い切れるので、
私、この人のおかげで、過去を肯定できる気がする。

色々と失敗してきたから、あなたに出会えた。あなたに出会えたことが、幸せだと言い切れる。

過去を悔いることはあってもいいけど、私マルッと受け入れられそう。
今はそんな気持ちで、おやすみなさい。

メモ:思考力を育むための経験

◆私が身につけている思考力について(自己評価)

①感情を言語化し、自分の感情を整理したり、他人の行動や感情を推察する。
補足:これが最も得意な思考。

②論理的に文章を組み立てることができる。発言することができる。

③文章を読み、正しく理解することができる。

④物事の仕組みを考察し、パターンを見つけ出し、使用することができる。
補足:簡単な仕組みなら、パターンを見つけるのも使いこなすのも早く、得意だけど、「思考を積み立てる」「根気」が苦手分野だから、複雑な仕組みの前では唸る。

⑤色、形、配置のバランスを考え、良し悪しを判断し組み替えることができる。
補足:限られたアートボードの上で、の話。美しい文字に必要なバランスを考える、コーディネートのバランス(配色、丈感)を考える、など。あるシチュエーションに適切なコーディネートとかは、めちゃくちゃ苦手。それはアートボードが大きすぎる。
チュウノチュウノジョウくらいの能力。



◆自分が身につけたと思われる思考力は、何で育まれたか。

登下校の時間が長く、1人考えることが多かった。
すごく嫌だったことを思いながら、なんで嫌だったんだろうと考えた。
嫌な子のこと思いながら、どうしてあんなことするんだろうと考えた。
→1人の思考で「なんで」が生まれたのはなぜ?嫌な子のこと思い出して、その子にどうやって仕返ししてやろうか、考える可能性だってある。


②③
幼少期まあまあ本を読んだ。
ハリーポッターを繰り返し何度も読むような。家にある本や公文に置いてあった伝記をよく読んでた。
→「ハリーポッター読めない」なんて言うような、そもそも本を読むのが苦手な人もいる。私はなぜ本を読むことが苦じゃなかったのか。
→本を読む以外の娯楽が少なかった。ゲームもよくしたけど。面白い本が身近にあった。

④公文で算数をやって、理論は分からないままに「AならばB」という仕組みだけ覚えて問題をたくさん解く、ということをやっていた。
これはあまり良くない思考パターン。おかげで数学が不得意。数学を目の前にするとイライラして爆発する。

書道を習っていた。
隣にお手本があって、そのとおり模写する訓練だった。美しい文字は何か、たくさん見た。
色、配置については、、よく分からん。そんなに得意じゃないということかも。
これも組み合わせを考えて選ぶ、④の思考に近いのかも。

備忘録:愛すること(国やバンド)

愛国心

この言葉を聞くと、神風特別攻撃隊みたいに、国のために自分を犠牲にできるか?とか、政治に利用される盲目な心だとか、少し危険なイメージを持つと思う。
 
愛国心は、すなわち国を愛する心。
私は、国を愛するということは、政治に関心を持って参加するということだと思う。

 

愛することとは、その対象の幸せを考えて、そのために自分の行動を決定し、律することができることだと思っている。

好きという言葉が自分の中にとどまる感情を示す言葉ならば、愛するということは、行動を伴うものなんだと思う。
 
ということから、国という仕組みに対して愛を示す行動は、政治への参画しか私はないと思う。

政治に関心はないけど、国が好きだよ、というのは、やはり愛じゃないと思う。私が思う愛の定義は行動を伴うものだから。

生まれた国に愛着があるんだろうけど、愛着があることと愛することは異なるし、行動をしないで愛を口にするなんておこがましい。

「愛してる」という言葉だけには、力がない。

 

 

好きなバンドがいるなら、CDを買おう!ライブへ行こう!ひとりひとりの行動が、バンドが活動を続けられる源になるから。

という最近よく見る論調も、愛国心と似ているよね。

バンドが未来にも活動していけるように、行動で示したい人々。

こういう人の主張を聞いてうるせぇなと思う人は、例えそのバンドを好きであっても愛してないってことだと思う。

バンドから快楽を享受するだけで、バンドに何も与えていないのだから。

もちろん好きであって愛じゃないということは何も悪くない。
誰も、誰に対しても咎められる話じゃなくて、「好きより愛の方が偉い」ということはない。
 
 
だけど、私は愛情深い人がたくさんいる方がいいなと思う。
誰か他人のことを考えて、能動的に行動できる人がたくさんいたらいいよね。
自己中心的で利己的な人間や、頭空っぽでただ生きてる人間ばかりの社会なんてやだからさ。
愛国心を養う教育とは(いつか考える)

なかなか美人だと思う自分の容姿に対する主張

小さな頃から、可愛い、美人だと、外見を褒められることが多かった。

それは私のせいじゃない。

私の行動のせいでそうなったわけじゃないし、

私の努力のおかげでそうなったわけじゃない。

 

あまりにも褒められるから、私はたいへんな美人なんだろうと思っていたけど、

小学6年生のとき、卒業式でみんなで撮った写真を見て、

自分が思ってた美人な顔じゃなくて驚いた。落ち込んだ。

思春期、自分の顔を鏡で見るようになって、自分の顔の欠点に気づいた。

あぁ、エラがはってる、後頭部は絶壁、横顔がイマイチ。

全然広末涼子じゃない。

そんな風に思った。

 

美人の基準は社会が決めるし、

美人の自覚は、他者からの視線や言動があって初めて生まれる。

ただひとりの世界で、鏡を見つけて自分を見つめた瞬間に、気づくんじゃない。

 

私は自分を完璧に美しいとは思わないけど(気に入ってるパーツはある)、

人から容姿を褒められる頻度と、どんな人に、どんな風に褒められるかを知って、

自分の立ち位置はここなんだろうと見定めた。

私が美人なのは、ただそこにある事実だと思ってる。

厳然たる事実として、私は美人。なかなかに。

中の上〜上の下。

 

私はこの自分の容姿を気に入ってる。

でも、それ以上に自分の思考がずっと好き。

私の人生が楽しいとしたら、私の思考と振る舞いのおかげ。

 

これが、私の、自分の容姿に対する主張。

 

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生と死は確かに異なるけど近いものだ

祖父が死んだ。
祖父とは10年前から疎遠だった。
祖父は、母のお父さんにあたるのだけど、10年前に母と祖母が大げんかして、それ以来遊びに行くこともなくなって、この10年で2回くらいしか、会わなかったと思う。

父の電話を朝7時半に受けて、午前中は出勤をしたけど、早退してその足で空港に向かった。
確かに優しかったことは覚えているけれど、疎遠だったから、余命幾ばくもないと聞いても、祖父が死ぬことへの不安は、あまり感じていなかった。
自分でも薄情だと思うけれど、死に目に会うべきか葬式だけ出るだけで十分なのか迷っていた。

午後5時に病院に着いた。
祖父はもうしゃべることはできず、尿が出ないのに点滴は打たなければならないから、体がぱんぱんに腫れていた。
その姿を見たとき、話しかけたとき、やっぱり、悲しかった。
咄嗟に、泣きながら「元気なうちに会いにこんでごめん」と言っていた。

その日は病院に泊まり、家族で交代で見守っていたけれど、翌朝10時半ごろ祖父は亡くなった。
母や、叔父や、祖母や、みんなは、バタバタとしていて、本当の最期を看取れたのは、私だけだった。



おじいちゃんが元気なうちに、会いに来なかったことを、すごく後悔している。
母から、おじいちゃんの部屋を整理していたら、私の名前を書いた通帳が出てきたよって言われた。
おじいちゃんは、あんたのことが会えんでも可愛かったんやね、って母に言われた。

なんてことをしてしまったんだろう。
私、おじいちゃんのこと、思い出があんまりないって、思っていたけど、おじいちゃん、あんなに私のこと可愛がっていてくれたね。
おじいちゃんがせっかく貯めてくれてたお金で、花嫁姿を見せたかった。
ちゃんと、あいにくればよかった。
疎遠でいた10年間も、心のどこかで「おじいちゃんおばあちゃん、高齢だし、あっとかんでええんかなぁ」と思っていたのに。
私は大学から地元を離れたから、なかなか会えないのに。
もう社会人で、大人だから、自分でお金を工面して、会いに行くことはいくらでもできたのに。



私が病院で見た、生きているけれど、意識のないおじいちゃんは、私の記憶の中のおじいちゃんとは別人のような見た目だった。
死んだあとのおじいちゃんは、冷たくて、硬くて、人形みたいだった。
生きていることと、死んでいることは、決定的に違うけれど、生と死のはざまをゆっくりといったおじいちゃんを見ていると、生と死は隣り合わせで、特別なことじゃないんだって思った。
陳腐な表現だと自分自身でも思うけど、実感した。
恥ずかしながらこれまでの人生でちゃんと人を看取ったことがなくて、ご遺体というものに対して特別に忌み嫌うものだという感覚があったのだけど、
おじいちゃんを看取って、体を拭いて、家に運んで、棺に入れて、お骨を拾って、それらの儀式のおかげで、ちゃんと、向き合うことができたと思う。

死んだということは、もう温もりを感じられないし、会話をすることができないということだけど、
心臓が動かなくなって、別人のような見た目になっても、おじいちゃんはおじいちゃんで、お骨になっても、おじいちゃんは、おじいちゃんだと思えたから、
遠くに行ったわけじゃない。

後悔は、尽きないけれど、でも、そのときの過去の私は、祖父母よりそのときの暮らしを優先していたのだから、言ったってしょうがないことで、
でも私は前よりきっとたくさんおじいちゃんを思い出すし、前よりもきっと近くにいる気がする。

多分、生きているけれど会うこともない人と、死んでいること、大きな違いはないのかもしれない。
後悔しているのは、生きているうちに、感謝の言葉や愛情をきちんと伝えなかったことで、たくさん会いに来なかったことじゃない。
そばにいないから愛してないわけじゃない。
だからもう会えなくても、たくさんおじいちゃんのことを思い出そう。


葬儀屋の人にすすめられて、おじいちゃんへのメッセージを書いた紙で鶴を折って、棺に入れた。
誰にも見せないメッセージが、ご遺体と一緒に燃えただけのことで、それが故人に伝わるわけないと思われるかもしれないけど、私にとってはそれが大切で、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、従兄弟たちも、きっとおじいちゃんに伝えたかったこと、きっと書いてたと思う。
鶴がちゃんと伝えてくれる。
ちゃんと、飛べるように、羽をしっかり広げたし。



明日、東京に戻って、明後日からまたもとどおり仕事。
日常に戻る。
前よりも周りの人への感謝の気持ちをもっと強くして。
今生での悔いを減らすために、しっかり生きよう。

自己実現の強迫観念

さえりさんのブログを読んで。

saeri.me私はさえりさんが大好きです。

 

ただ、”なりたい自分”にこだわるのは、なんでなんだろうと思った。

なぜ、現状を肯定することに、恐怖を感じるんだろう。

さえりさんは、「人それぞれ」と言うし、決して、「これで十分かも」という他者を蔑んだりしないと思う。

でも、彼女自身は、「これで十分かも」ってどうして言いたくないんだろう。

恐怖とまで言ったのは、なぜだろう。

 

 

 

 

私は、「何者にもなれなかった人が、結婚して、子供を産んで、『これが幸せだわ』と思い込もうとするような生き方をするんだ」と思って、それを少しだけ嫌悪していた時期がある。

つい、半年ちょっと前だけど。

「結婚」や「家庭」を夢にするのは、他者の上位に立たなければ実現できない夢と違って、手に入りやすい上に、幸せの形にオリジナリティを出しやすい。

万能の夢。万能の幸せ。

それに満足するような生き方はしたくない、自己実現のために、生産(創造)しなければ、と思っていた。

 

でも、自己実現の強迫観念に疲れた。

なりたい姿は、よくわからなかった。

掲げていたものは、だいたい承認欲求を満たしたいだけだったり、飽きっぽい性格で最後までできなかったり。結局渇望なんかしてなくて、「それほどでもない夢」でしかなかった。

あるべき姿は、やりたくないことばかりだった。

グローバル人材になってどこでも通用する人間になるべき、とか。人生という荒波を航海するために必要なことばかりなんだろうけど、やりたくないの。やらねばならないときは必ずくるのだろうけど・・

 

ただ、

ありたい姿は、分かったような気がした。

今、私がどんな風に生きるのが心地よいか。

今、夢中になりたい。

頼まれたイラストを描いて、絵のことだけを考えている時間。

仕事の効率を上げるために同僚と打ち合わせをする時間。

職場のアジサイを眺める時間。

彼と暮らす家を探している時間。

そのときのことだけを考えている時間は幸せだ。

 

突拍子もない「なりたい姿」よりも、夢中になっている時間の先にある姿がいいなって思う。

かえんほうしゃを覚えるために必死にレベル上げする時間より、楽しくゲームを進めていたら気づいたらかえんほうしゃを覚えていたい、みたいな。(これは、2013年の自分がブログで書いたしっくりこない例え。ポケモンの話。)

だから、現状に「これで十分かも」って思うのって、別に悪くないんじゃないかなぁ、と思う。

 

・・・・と、書きながら思ったけど、

私の思う「ありたい姿」って、ちゃんと、生産しているね。

地位や名誉からはかけ離れているけど、私の納得のいく形で生産をしたいと思っている。

地位や名誉からはかけ離れていて、他者を巻き込まない形の生産だからこそ、私にとって「結婚」は生産の障害にあまりならない。

「結婚」は夢ではないし、障害でもない。私が心地良く生きる手段の一つであって、すべてではない。だからもう嫌悪していない。

 

 

 

 

ここまで書いてみて、さえりさんの恐怖というのは、

夢中で生産できない現状を肯定することへの恐怖なのかなぁ、と想像した。

彼女は、前に「結局、やりたいことは心の底から突き動かされるように、そして自然に始まっているもの」って書いていらして、心の底から湧いてくるような生産のエネルギーを生むには考え事をする時間が必要なのかなぁ、とか。

全然見当違いかもしれないし、そんなことはわかりきっている、なのかもしれないけれど。

 

 

 

今日こうして書きながら、もう一度山内マリコさんの「ここは退屈迎えに来て」を読もうかなぁという気分になりました。

ともこ、本返してなくてごめんね。

あととっちらかった文章になってしまったのに最後まで読んでくれた人、ありがとう。

おやすみなさい。